1 民衆史家 柴田忠作先生との思い出(1) 『農夫ピアースの夢』と民衆への視点 その2月、歴史学との決別も考えて参加したベルリン・フンボルト大学への短期語学研修における故ウルズラ・ヴェルナー先生(2018年6月4日死去)との出会いが私を歴史学研究に踏みとどまらせたことになるのだが、帰国してオーバー・マスターとなった私を柴田先生は文明研究所の研修員として指導を続けて下さった。
先生の若い頃の論文類を読み進む中で、柴田先生が「何故イングランドの宗教改革者ウィクリフに関心を持ち、その論文の中で何を追求しようとしたのか」などを自分なりに考えていると、そこには史料には登場しない名もない民衆の姿を求めているように思える時が何度かあった5。 柴田先生の研究業績の中で1981年に東海大学古典叢書として出版された14世紀後半に成立したウィリアム・ラングランドの『農夫ピアースの夢』の邦訳は特筆される6。先行の邦訳が二種類あるが、歴史学研究としての完成度の高さは群を抜いている7。綿密な訳者注釈と付論の「Piers the Plowman研究」(755~826頁)は、中世イギリス史だけでなく、後に社会史と呼ばれることとなる新しい歴史学の中で重要なテーマとなる民衆史・心性(マンタリティ)の研究にとっても大きな成果と言える。「S研」でこの準備のために書かれた諸論文を読んだことは、研究者が専門書を出すということの意義と苦労と共に、構想を具体化させていくための作業イメージを知ることとなり、現在の自分のモデルを学ぶことになったと言える8。
(2) 『サガの社会史』と異文化世界への視点 柴田先生は1979年5月から一年余り、ラングランドとウィクリフ研究のためにオックスフォード大学や大英博物館をはじめとするイギリス各地をめぐり、バーミンガム大学のJ.シェパード教授やR.H.C.デーヴィス教授と親交を結ばれた。私が学部生時代にデーヴィス教授の『ノルマン人』が邦訳され、授業の課題図書として購入した11。北欧史研究は現在の日本では盛んな研究分野となっているが、当時はまだ十分な研究文献がなかったように記憶している。また更にこの著書はノルマン人、あるいはヴァイキングと呼ばれる人々の単なる概説ではなく、民族意識の形成と継承・終焉を考察の対象としている点で特異な存在である。私は学部の卒業論文執筆の際に「ドイツ人の民族意識と帰属意識の形成」に関心を抱き、これを修士論文でバイエルン部族の帰属意識と領邦国家の形成という問題に置き換え、更にヴェルフェンの家門意識と部族意識の考察に展開させたが、恥ずかしいことに学生時代にはこのデーヴィス教授の神話形成と民族意識の関係に関する研究を十分に理解できていなかった。近年は生物学的な人種・民族と歴史的形成物としての民族を区別して考えることが当たり前となっているが、デーヴィス教授の研究はこの先駆的試みだった。
私が博士課程に進む頃、柴田先生がカリフォルニア州立大学で学ぶ東海大学の卒業生から共同翻訳の依頼を受けたことを嬉しそうにお話になったことを覚えている。当時の東海大学には史学科とは別に北欧の言語・文化を学ぶ専攻があって後輩の院生にも北欧史を志す者が複数おり、東海大学出版会からは北欧神話や北欧関連の書物が既に多数出版されていた。またデンマークの教育者グルントヴィの教育理念と東海大学の建学の精神には親和性があり、当時はコペンハーゲンに東海大学のヨーロッパ学術センターが置かれていた12。しかし、上述のように当時この分野の歴史学的研究はまだ十分に紹介されておらず、このJ.T.バイヨック教授の『サガの社会史』の紹介は、我が国の北欧研究にとって文学・神話研究の成果を歴史学と結びつける上で大いに意義のあるものだったと言えよう13。それ故、更にバイヨック教授の『アイスランド・サガ-血讐の記号論』が継続して邦訳されることとなったのである14。
1992年にアイスランドを訪問した際の話を大学院の授業で伺い、かわいい大統領官邸の写真や豊かな温泉資源の話を聞いたことが思い出される。先生は茶道と舞を嗜んでおられ、時折授業の際に抹茶をご馳走してくださることがあった。外国で茶道をさまざまな国の方々に如何に伝えるかを興味深く伺ったことを覚えている。こうしてサガ史料の紹介や研究は先生の重要な活動分野のひとつとなったが、大陸とは異なるイギリスや北欧諸国への眼差しを間近で学んだことは、フランス北部~ドイツ西部を中心とした概説的なヨーロッパ理解に対する批判的な目を知らないうちに養うことになっていたのかもしれない。(3) 『景観の歴史学』と地域への視点 大学院生時代、柴田先生がドーバー海峡を越えてイギリスとフランスでは価値基準が逆転すると何度かお話になっていたこを思い出す。例えば、田園風景の中の樹木の枝ぶり、あるいは庭園の美に関して、イギリス人は自然のものそのままを好むが、フランス人は人間が手を加えて幾何学的な美を作り出す方を好むと話されていた。
また最近は地域の歴史遺産の活用という課題が重要度を増しているが、この問題を考える際に、この『景観の歴史学』の視点は極めて有効である。数年前に授業で公園を考える必要に迫られた際も、個々の公園施設だけでなく、周辺地域の景観や歴史、生活共同体との関係などを視野に入れた考え方の必要性を強く感じたが、そのような指摘はすでにこの本の中に織り込まれていた17。私はベルリン留学の最後に都市シュヴェリンを例にドイツ語のレポートをテップファー先生に提出した際、法制史や経済史に依拠した従来の中世都市研究に加えて地理的環境の重要性を強く意識するようになったが、こうした関心の歴史学における必要性をこの『景観の歴史学』を読んでいると改めて確認できる。
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