石川峻 のバックアップ(No.7)
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- 石川峻 へ行く。
- 1 (2022-02-06 (日) 10:24:06)
- 2 (2022-02-09 (水) 00:17:20)
- 3 (2022-02-09 (水) 15:26:26)
- 4 (2022-07-06 (水) 10:36:15)
- 5 (2022-08-21 (日) 12:52:41)
- 6 (2023-06-14 (水) 09:53:58)
- 7 (2023-06-25 (日) 10:34:47)
- 8 (2023-11-01 (水) 09:53:35)
- 9 (2023-11-01 (水) 10:55:23)
- 10 (2023-11-02 (木) 07:19:16)
- 11 (2023-11-02 (木) 16:04:40)
- 12 (2023-11-05 (日) 14:42:11)
- 13 (2024-05-14 (火) 18:36:51)
- 14 (2024-05-15 (水) 17:45:37)
- 15 (2024-05-16 (木) 11:50:11)
- 16 (2024-08-18 (日) 11:56:53)
授業 
- 石川正明師とは真逆の、暗記中心の演習量重視の授業方針だった(もちろん、理解も大事にはしていた)。
- 講義でやることは、だいたい『必修化学』に載っていた。
- 『必修化学』そっくりなまとめのプリントを配り、懇切丁寧に教えてくれる。
- そっくりというより、師のまとめプリントを書籍化したのが『必修化学』である。
- 板書は割と速いが、ノートに書きやすいように書いてくれるので、その通りに写せば、きれいでわかりやすいノートができる。
- 何本ものチョークを用いて複雑な化学知識を系統的に整理する。カラフルで分かりやすく頭に残りやすい。
- きびきびとした口調で話し、入試に関して過不足のない知識を与えてくれる。
- 歳の割にはハキハキと喋るため聴き取りにくいことはない。
- 化学に関する雑談も合間にしてくれる。
- 質問対応もよかった。
- 暗記重視の教授法のため、当時、関東でも台頭し始めた石川正明信者や比例計算の小倉信者からの評価は著しく低かった。
- 筆者の主観では、医学部以外の旧帝理系ならば石川峻のやり方でも問題無い。知識を系統的に整理してくれるため、応用が効きやすい。
担当授業 
通期 
1990年代は、主に3号館の東大理系スーパーの「化学S-Ⅰ」(有機など)を担当していた。
講習 
特設単科講座 
- 化学・石川峻講座 1980年代後半〜?
人物 
- 化学者。
- 元化学科主任。
- 日本大学文理学部化学科教授。
- 本名:石川俊美。
- 2020年没。享年91。
- 主にお茶の水校に出講していた。
- 1970年代から活躍。
- 1990年代には、三國均師・小倉勝幸師という二大巨頭にやや隠れぎみではあったが、間違いなく関東駿台化学科を代表する名講師だった。
- 本業は大学教授?で、レギュラーにはほとんど出講しない年度もあり、特設単科や講習が中心だったため。
- 「三國(均)さんが横綱なら、わたしは幕下ですね。」と謙遜していた。
- しかし、人気や実力については・・・
- お年の割に(と言っては失礼だが)長身で体力があった講師。
- 大学にも所属していた。
- 日本大学医学部説があったが、日本大学文理学部化学科だった模様。
- そのためか、一時期(1988年度前後)、山田という名前で出講していた。
なお、石川峻もペンネームであるとのこと。
- 後述の通り、『有機化学演習』で著名な同師であるが、専門は無機化学であるらしい。
もっとも、専門家であることと、大学受験レベルの有機をうまく教えられることは全くの別問題である。当時、アンチの学生の中には有機の専門的な話に間違いがあると揚げ足を取り、化学の本質が分かってないと偉そうに批判している者もいたが、受験には全く影響はない。そのアンチ達が受験に成功したかは定かではない。
- 『必修化学』『有機化学演習』の著者で、校外生にも知名度が高かった。
- 石川正明師がまだ関東では知名度が低かった頃は、両師を混同する学生が数多くいた。