高橋いづみ のバックアップ(No.3)
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- 1 (2023-04-09 (日) 10:45:41)
- 2 (2023-09-18 (月) 19:03:46)
- 3 (2024-08-04 (日) 23:24:14)
- 4 (2024-08-05 (月) 16:05:11)
- 5 (2024-08-08 (木) 23:02:35)
高橋 いづみ(たかはし いづみ、1956年 - )は、日本の文芸評論家。元駿台予備学校古文科専任講師。
経歴 
- 1956年、東京都生まれ。
- 1974年、東京都立富士高等学校卒業。
- 1974年、上智大学外国語学部イスパニア語学科入学。
- 1975年、上智大学外国語学部イスパニア語学科中退。
- 1976年、東京大学教養学部前期課程入学。
- 1980年、東京大学文学部国文科卒業。
授業 
- 基本重視で、古文の登場人物の「気持ち」を大切にする。
- 基礎的なところは丁寧に教えてくれる。
担当授業 
通期 
私文系コースを中心に出講していた。
春期講習 
- 古文読解 池袋校 1994年度
夏期講習 
冬期講習 
特設単科 
人物 
- 1980年代末から1990年代始めにかけてマドンナ古文の荻野文子講師(東進ハイスクール)と人気を二分した講師。
- 美人講師の草分け的存在とも言われることもある。
- メディア露出も多く、テレビの古文講座やラジオに出演していた。
- NHK総合テレビ「まんがで読む古典」、NHK教育テレビ「NHK高校実力アップコース 高校古文」、FM東京(現・TOKYO FM)「スーパーFMマガジン」に出演していた。
- そのため、当時は一般への知名度も高かった。
- 毎週、授業の始めに、先週、自分の出演したテレビ番組や掲載雑誌を告知していた。
- 古文を専門にしようとしたのは、高3の夏期講習で受講した桑原岩雄師の影響があるそう。
- 自分が著したの受験参考書に師本人の水着写真を載せたという伝説的エピソードを持つ。
- 帯に少し写真も公開されていて 「見ちゃダメッ!」という台詞が印字されていた。
- 需要は確かに存在した模様。
- 2021年1月19日放送の『マツコの知らない世界』(TBS系)において、写真が全国放送された。
- ファンとアンチがはっきり分かれていた。
- 1992年度の池袋校では、セレクトコース(中堅クラス)で古文Ⅰを担当していたが、東大文系スーパー、東大理系スーパーでは秋本吉徳師が古文Ⅰを、早慶大文系スーパーでは関谷浩師が古文Ⅱαを担当(ちなみに福沢健師が古文Ⅰ、田畑千恵子師が古文Ⅲαを担当)していたため、秋本師や関谷師の授業にもぐる人も多かった。
特に秋本師は池袋校では2クラスしか担当していなかったため、私文系クラスから東大理系スーパーに100人近い大量のもぐりが発生し、摘発寸前までいったことがある。 - ただし、池袋校でいつも人気がなかったわけではない。1992年度の木曜日の特設単科「古文 高橋いづみ講座」、夏期講習会の「古文 新攻略法」は満員御礼だった。当時池袋校では関谷浩師、秋本吉徳師が出講していたため、他の先生が良くないと言うわけではなく、関谷浩師、秋本吉徳師がすごすぎたためだと思われる。
- 1992年度の池袋校では、セレクトコース(中堅クラス)で古文Ⅰを担当していたが、東大文系スーパー、東大理系スーパーでは秋本吉徳師が古文Ⅰを、早慶大文系スーパーでは関谷浩師が古文Ⅱαを担当(ちなみに福沢健師が古文Ⅰ、田畑千恵子師が古文Ⅲαを担当)していたため、秋本師や関谷師の授業にもぐる人も多かった。
- 市谷校舎にも出講経験がある(1987年度「午前部理3βコース(国公立医学部進学コース)」)。
- ハイテンションかつパワフルな授業で、午前部理3αコースの学生も大勢モグりに来ていた。
- 講習では「古文特講」も担当していたが、テキストが悪いとテキスト編者の秋本吉徳師を暗に批判していた。
- 秋本師も名前こそ出さないものの、「ハートで古文は読めません。」と高橋(い)師を批判していた。
- 関西古文科の重鎮、岩手勇二師も、センター系の参考書内で「ハートで古文は読めない!」と暗に批判されている。
- 高橋(い)師の著書に『ハートで古文を読む方法』という参考書があり、これを皮肉った表現。
- 1995年冬に重い病気にかかり、翌1996年 駿台予備学校古文科専任講師退任。同年、結核菌による胸膜炎で呼吸停止になるも一命をとりとめる。
- 予備校界を去った後、闘病生活を経て、趣味のスキューバダイビングに没頭したり、教育相談室を主催したりした。
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